« 浅草寺と浅草神社 | メイン | 12年ぶりに訪れたカフェ »

「生の芸術 アール・ブリュット」展

「生の芸術 アール・ブリュット」展に行ってきました。
「アール・ブリュット」が美術史に登場したのは1945年。「加工されていない、生のままの芸術」という意味のフランス語は、画家ジャン・デュビュッフェが考案したもので、正規の美術教育を受けていない人びとが精神的な衝動に従って創作した絵画や、オブジェなどの様ざまな美的所産物を指します。
「アール・ブリュット」の作品の多くは、精神病患者や幻視者などにより制作されたものです。精神病患者が自発的に描くものや作るものに対し、19世紀末ヨーロッパの精神科医たちが医学的興味を抱いたのがはじまりです。20世紀初頭にはより深い美的関心を持った彼らの手によって作品の収集と本格的な研究が行われるようになりました。一見、単純な中にも自らの内面性を驚異的な緻密さで描いた作品など、その純粋で無垢な表現の数かずは、パウル・クレー、マックス・エルンストなど同時の前衛芸術家たちに大きな影響を与えました。
アール・ブリュット美術館

このてのアートに初めて接したのは、1993年、世田谷美術館で「パラレル・ヴィジョン−20世紀美術とアウトサイダー・アート」展。ヘンリー・ダーガーの作品を知ったのもこの時だったと思います。とても衝撃でした。作品のすごいパワーに圧倒されてへとへとになった記憶があります。今回は作品点数は多くはありませんでしたが、それでもかなりクタクタになっていました。

今回の展示で印象に残った二人の作品
--
henrydarger.jpg
■ヘンリー・ダーガー(1892-1973)
シカゴに生まれ、幼くして母を亡くす。母の命とひきかえに生まれた妹は養女に出され、父は足が悪かったので、孤児院に送られる。3年後、脱走し以後48年間カトリック系の病院で掃除夫として働く。彼はたったひと部屋の貸間に一人ぼっちで暮らした。
彼は路上のゴミ箱から拾い集めていた厖大なコミックや広告の少女たちの絵をコレクションすることから始める。やがて彼は少女たちをトレースし、彼の絵の中に貼り込むことを思いついた。見捨てられた少女たちはダーガーに救い出され、ペニスを描き加えられ、彼の創り出した「非現実の王国」に招き入れられる。巨大な花々が咲きほこり、子供たちを熱愛する幻獣ブレンギグロメニアン・クリーチャーたちが空を飛びかうこの王国で、子供たちは終わりのない暴力にさらされ、虐殺されていく。子供たちを殺す者たちの邪悪さを、その邪悪さをゆるしておく神の無関心を糾弾しながら、ダーガーはひきちぎられた子供の身体を嬉々として描き続けた。(おそらく、現実の少女の体をみたことがないので自分と同様におチンチンをつけた)
彼の死後、家主であった写真家のネイサン・ラーナーがダーガーの部屋に入るとそこは40年間溜まり続けた屑の山だった。とてつもない量の壊れた眼鏡、十字架、宗教関係のガラクタ、何百という糸玉、何千冊もの雑誌、マンガが、そしてその中に彼の生涯をかけた作品が見つかった。その作品は1万9,000ページにも及んでいる。


--
martinramirez.jpg
■マルティン・ラミレス(1885-1960)
メキシコに生まれる。仕事を求めカリフォルニアに移住、しかしアメリカの暮らしになじめず次第に人嫌いになり、幻覚に襲われるようになった。言葉を失い放浪した彼は精神病院に収容され、亡くなるまでの30年間をここで過ごす。彼は画用紙のない時には封筒や紙コップ、紙袋をのりで張り合わせて使った。のりはじゃがいもをつぶした物と唾液、水で自作した。はじめラミレスの絵は病院の職員によって捨てられていたが、近くの大学の心理学教授がラミレスと彼の絵と出会い、ラミレスの創作活動を許可するよう手配した。
なんともいえない歪みが、不思議な魅力を放っていました。

--
一般のアート以上に、かなりの気力・体力を消耗します。心身ともに充実している時にご覧になることをおすすめします。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.withoutgas.com/cgi-bin/mt-tb.cgi/585

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)